分かち合うこと

 

「分かち合う」。言葉のとらえ方があまりよくわかってませんでした。

「共感する」とは、実は少しニュアンスが違うようです。

 

 

ひとと話してて、

「あれ?私、変なこと言っちゃったかな?!」と、焦ることがあります。

変なこととは、「間違えた」という感覚です。

「ひとと違うのは間違い」という設定が、私のなかにあったからです。

そうなると、「共感するのはよいこと」となっていきます。

とくに好きな人と一緒にいるときは嫌われたくないので「合わせなきゃ」に。

そこにはいつも不安が付きまとうのは当然でした。

 

 

「もっと安心した世界、自分の感覚を信じられるところで生きる」

「周りからの決めつけや強制をもうこれからは私は受け入れない」

 

と自分に決める。

 

 

これからはわからないことがあったらすぐ解決しようとはしないで

「どういうことだったのかな、知りたいなぁ」にしてみる。

そうすれば「共感しなきゃ!!」の焦りはなくなるようです。

 

 

相手を理解したいという気持ちも、

「同じじゃないと嫌われちゃう」から知ろうとするのじゃなくて、

「この人の言葉の本当の意味を知りたいなぁ」という方向です。

いつも、好きなひとと同じものが好きである、なんて無理ですからね。

頑張って応えようとすると、自分に嘘をつくことにもなってしまうし。

それはだめ。

 

 

だから、

「共感」と「分かち合う」は別物としてとらえるといいみたいです。